今間、「バベル」という映画を観ました。映画実態も、よかったけど(One-Sentence Movie Reviewはこちら)、一つ不思議に思った現象もありました。それは、日本語の手話と英語の字幕のことです。
「バベル」の中には、日本人の女子高生のろう者のキャラクターがいます。

その子は、友達などと話す台詞はすべて手話で話します。友達の中には、手話をしながら声で話す子もいるが、不思議なことは、その言葉が日本語として僕の頭に入りませんでした。字幕を読んで、英語だけで理解しました。それがどうして不思議に思ったのは、普段、日本の映画などを観るとき、日本語で観ます。ようするに、英語の字幕も読むが、9割以上の理解は、日本語として頭に入ります。
しかし、「バベル」を観たとき、日本語の手話だったが、英語として理解しました。耳の聞こえる人と聞こえない人の会話を観ても、頭の中では、まるで英語の手話と日本語の話し言葉の会話になってしまいました。日本語の手話なのに、どうして日本語として頭の中に入らないでしょうか、と不思議に思いました。

5月 13, 2007 12:03 am |
はじめまして,私は日本手話の研究をしています.
このエントリをとてもおもしろく読みました.
日本手話は日本語とは違う言語なので,あなたの感じたことは的を射ているのではないかと思います.
I am researcher in the field of: Japanese Sign Language and conversation analysis.
I read this entry being interested.
Because JSL, as Language, is very different from Japanese, I think that your intuition probably rights on target.
5月 13, 2007 9:00 pm |
コメントありがとうございます。
やはり、違う言語ということですか。「バベル」を観ていて、英語字幕でおもしろい表現が出て、「日本語ではどういう言葉を使ったかな?」と思ったことがこういうことについて考えたきっかけです。DVDで観ていたので、そのシーンをもう一度観たが、なんか頭の中が英語の字幕でとらわれたという感じで、どうしても日本語として理解できませんでした。
おもしろい現象ですね。